World IA Day 2013 Tokyo行って感じたこと(長文)

会社関連で縁がありまして、関係者という立場でWorld IA Day@東大へ行って来ました。

前の会社(プロダクション)ではガリガリのワイヤーフレーム書きで、自分のことを設計屋とかぬかしていたものです。で、エージェンシーへ転職して1年経ってからあの頃を振り返ると、「あれは果たしてIAと呼べた仕事だったのかしら」という思いがふつふつと湧いて出てきてたのが最近のこと。巷で目にする情報設計やIAという単語と、自分がやってたことの温度差が気になってました。IAを語る言葉を持ってないな俺、とぼんやり気付き始めてたというか。
このイベントは会社から「キミもどうかね」と声をかけられたのがきっかけではあったのですが、どうせだからそのもやもやを払拭するヒントが見つかればコレ幸いと思って参加しました。

ということで会場はこんな感じ。

学会に行ってた院生時代を思い出しますなぁ。
登壇者は4名。それぞれ違う種類のインパクトがあって楽しかったです。

ひとりめ。ACADEMIC RESOURCE GUIDEの岡本真さん。
Yahoo!知恵袋を開発された方で、サービス立ち上げの経緯とアーキテクチャを解説。

ふたりめ。楽天技術研究所の森正弥さん。
ビッグデータを扱ったレコメンドエンジン開発の紹介。喋ってるうちに自分でテンションが上がっていってる感じ、このジャンルの話が本当に好きなんだなぁと。

3人目。gunosy開発者の関喜史さん。
なんと大学院生なんすね。データマイニングを研究しているようです。レコメンドエンジンの構築手法の体系的な紹介が主でした。

4人目。慶応義塾大学の井庭崇先生。
パターンランゲージの紹介を、ワークショップの様子を中心に。

明文化しづらい目的を達成するための構成要素を明文化して整理すること、がパターンランゲージの趣旨と理解していいのかしら。個人的に常日頃から「物事の因果関係を構造化するスキル」ってのをすごく意識して過ごしているので、要するにそれのことかなぁという印象です。
電通時代の岡康道さんがCMテープを見まくって、おもしろいCMの法則を見つけてしまった、というエピソードを思い出しました。これも岡さんの中のパターンランゲージなんだろうと思います。

多分、先生の研究のミソはパターンランゲージそのものというよりも、その定義プロセスに「他者との協業」というメソッドを加えたところなのかなぁと感じました。
先生の説明によると、以下のプロセスを行き来してひとつのパターンランゲージを定義していくとのことです。
1. 自立発生する複数の要素に対して
2. 緩やかな制限を加える
たしかにワークショップはそういう形式で進められていたし、成果物が書籍としてすでに世に出ているとのことです。

とすると次は当然、「その成果物が本当に社会の役にたちうるものかどうか」というジャッジのための研究にシフトすべきと思ってしまうんですね。俺は。出来たものが真ならいいけど、偽だった場合、メソッドから考え直す必要が当然でてくる。
その評価を下すには当然かなりの時間がかかるものなのですが、せめてその展望くらいは発表してほしかったなあというのが本音です。どういう評価指標で、どういう調査を行うつもりなのか。など。

総じて思ったこと

参加してみて思ったことは大きく2点あって、両者とも村越さんが言うとおり「いわゆるIA」ではない人を呼んだからこそ感じれたことかもなぁ、と思います。

情報の社会性

ひとつ目は当たり前すぎて拍子抜けするんやけど、「情報はひとつのサイトの中にあるものだけじゃない」ということ。もっと社会的なものなんだよ、と。

楽天のレコメンドエンジンのお話の中で、Wikipediaの情報をクロールしてるっていうのがありました。自社サイトのDBだけでは結び付けられない情報同士、例えば「ドラマDVD」と「主題歌」を関連づけるため他サイトの情報を参照しているというフレーム。
その事例を聞いた瞬間に「他者も情報を持っている」っていう感覚がビビーンと体に入ってきて、自分のもやもやが何だったのかがいきなり分かってしまいました。
足りなかったのは、「どんな巨大なサイトだろうと、外部情報=社会の中のひとつの単位でしかない」という発想のスケール感だったんだなぁと。自分がやってたことは、情報設計というよりただの情報整理みたいなもんだったと。
他人や他サイトが持っている、連続する情報空間というコンテキストの中で、改めてサイトが持つべき情報を定義する。そこに気付けたのがすごく新鮮だったし、このイベントに来て一番良かったと思えることでした。

情報とは共有できる状態のこと

ふたつ目は「情報とは誰かと共有できる形になってから初めて情報になる」ということ。
これはパネルディスカッションでどなたかが「情報が増えているのではない、見えるようになっているのだ」と言ってたのに違和感を覚えてから自分なりに考えた結論。

例えば佐渡島の双子亀だったりイタリアのマテーラの街並みだったり、まあなんでもいいけど心を撃たれる景色を見て「綺麗だわい」と思ったこと自体は情報とは言えないと思うんです。けど、それを言葉だったり色だったり形だったり表情だったり、なにかで表現して初めて情報という形になり得るんだと思います。
景色を目の前にして「うわー」とか言いながら目を見開いている旅行者を見たら、「ははぁ、この人はこの景色に感動しとるんだな」ということが分かる。こうなって初めて他者に伝わる「情報」になるんではないか、ということです。

こう考えると示唆が一つあって、「情報となる可能性があるものを情報として顕在化させる」という行為もこれからの情報アーキテクチャの柱になり得るんじゃないかなぁと。
そういう意味でいくと、井庭さんのワークショップは「知覚する前団塊の情報のタマゴを”情報化”する行為」、と言えるんだと思います。おお、IAというキーワードに戻ってきた。

肌で感じれて良かったです

情報設計とは、自分ごときが要してしまうと「人のアクションに対して、何を返すか」というところに行きつくんでないかなぁと、ぼんやり考えています。

で、リアクションの精度を高める方法として、前半3名にはそれぞれのアプローチがありました。

  1. Yahoo!知恵袋:質問と回答の積み重ねと、ユーザーによる評価システムによって。
  2. 楽天のレコメンドエンジン:外部サイトのデータによって。
  3. gunosy:対話型で成長するアルゴリズムによって。

1の方がヒューマン的、3に行けばロボット的、ってなるような気がします。

情報設計は学問的側面が研究対象となる一方で、こういった手法の模索も行われてる、ということが分かりました。もちろん両者は互いにフィードバックしているのでしょう。情報設計に限らずどんな領域もそういう発展の仕方をするのだろうけど、自分の興味対象であるIAという領域でそのダイナミズムを肌で感じれた気がして、とてもよかったです。

余談

gunosyの関さんという存在はインパクトでかかったです。
自分も一応院卒ということで「学問をすること」への共感がある一方、結局全然関係ないジャンルの仕事を選んだ俺と、これからますます知識をつけて(ドクターに進むようです)関さん。社会に出たタイミングでの差は明確でしょう。

データを扱う学問とウェブビジネスの関連性が増すばかりなのは誰の目にも明らかだし、先端のアイデアと技術を利用して実装し世の中に少なからぬインパクトを与えるような人材が大学生ですでに現れているという事実は、かなり感慨深いものがあります。
彼らは現場経験だけでは身につかない包括的な知識がある。そしてそれを実践する時間とスキルがある。おまけに卒業時に「修士」「博士」といった社会的ステータスまである。デジタル業界にこういう人材がますます台頭してくることは間違いないし、僕らはそれらに真摯に怯えて、ちゃんと勉強しておかないとなぁ、という感じです。

ということで懇親会の様子。

本当に懇親会というのは苦手なのですが、ワインをがぶ飲みした効果もあってなんだか楽しかったです。ネットイヤーグループの坂本さんとお話させてもらい、光栄でした。
トイレ行って鏡見たらゾンビみたいな顔になっとったけど…

あと戦利品。本を二冊買いました。

前から興味のあったProsessingの本と、横井軍平の本です。
IAとの関連性は不明ですが楽しみが増えました。