DX – デジタルトランスフォーメーションと呼ばれるものの解釈と行く末

すっかり乱発されるようになったデジタルトランスフォーメーション。自分は4月から立場変わってコンサル側に身を置いているが、内部でも良くDX!DX!と聞く。古巣の広告業界でも盛んに唱えられている。

バズワードが流行る度に「また出たよ」と辟易する人は自分の身の回りにもいるが、こんな現象は毎年発生する事であり、目くじらをたてる必要は無いと思っている。

バズワードは音楽で言う「ジャンル」のようなもので、無いなら無いで不便だ。
「私は、サックスとピアノとウッドベースとドラムがスイングビート上でアドリブソロを回す音楽が好きです」と言うよりも、「私はジャズが好きです」と言った方がはるかに簡単なわけで、昨今の「デジタルトランスフォーメーション」はこの例で言う「ジャズ」に該当する。ジャズとの違いは、DXは2年後には誰も使わなくなるのだろうという事ぐらいか。
いずれにせよ、自分が好きか嫌いかという次元を超越して、バズワードはバズワードで便利なのである。

DXとは何なのか

さてデジタルトランスフォーメーションとは何なのか。
2020年9月現在では、10人に聞いたら10通りの答えが返ってくる状態だろうが、だからこそ議論の甲斐がある。
幸か不幸か自分の仕事仲間にはバズワードと距離を置く人が多いので(自分もそうだが)このネタで議論した事はそんなに無いのだが、世に出ている言説やリリースを見るに2つの違和感を感じる。

違和感1. 唯一解がDXなのか

まず感じる違和感としては、「デジタルトランスフォーメーションが必要だという前提でモノが語られている」という点である。

例えば電通が先日リリースを出した「Dentsu Digital Transformation 診断」というものを垣間見てみる。
「Dentsu Digital Transformation診断」を提供開始 – ニュースリリース一覧 – ニュース – 電通

終始「マーケティングDX」と言っているのが電通(というか電通デジタル)らしいなとクスリとするが、基本的な論法としては

  1. 顧客体験を変革する必要性が先にあって
  2. それを叶える手段がデジタルトランスフォーメーションであって
  3. それを叶える手段は3つあって(システム・データと人材・組織と業務)
  4. その変革にお導きを与えるのがマーケティングDX診断ですよ

という構造に見える。

理屈で考えると「1. 顧客体験の変革が何で必要なんだっけ?」「2. その方法ってデジタルトランスフォーメーションしか無いんだっけ?」という問いが残る。
残るんだが、この手のソリューションのミソはそういう抽象的な問いをぶっ飛ばす事そのものに有るわけで、そんな問いにいちいち応えようものなら問いはどんどんメタ化していきトップ企業のトップと付き合いのあるガチコンサル以外にDXを唱える資格が無くなる。

上記の問いに両方ともYESと答える事業者がターゲットなのであって、そこに課題を感じていない客は相手にしていない(していないというか、できない)し、それでも一定数の需要が見込まれるという前提にこういったソリューションが成立している。

「DX必要ですよね?必要ですよね?そうですか。はい、診断メニューを用意してます。どうぞ。」くらいのテンションで営業してかないとサービス提供側も乗れないのだろう。このビッグウェーブに。

世の風にあてられて「DXが必要な気がしてるけど、なにそれ」状態のクライアントはかなり多いと思うので、そこに1歩目を与えるという意味でこのソリューションは良い事やってると思われます。これやった後に「で、次に何するんだっけ」となるのがこの手のソリューションあるあるなので、そこが解決されてればいいなと思う次第です。

違和感2. DXとは何を指しているのか

もう一点の違和感としては、「何を以てデジタルトランスフォーメーションと言っているのか」という点である。

ここでジョンマエダ氏のCX Report 2020による面白い解釈がある。

  • Digitization : is representing something digitally.
  • Digitalization : is using digital technologies to create new business models with value production and new revenue.

言葉遊びの様相を呈して無くもないが、「デジタイゼーション」とは既存の何か(業務とかアセットとか)をデジタルに置き換える事を指し、「デジタライゼーション」とはデジタル技術を用いて新しいビジネスモデルを生み出す事を指す、と言う事のようだ。

2020 CX Report

COVID-19におけるビジネスの在り方としてNew Normalが標榜される中、リモートワーク環境を導入!なんてのは前者の話である。
要は業務のデジタル化によるオペレーション効率向上なのだが、これは往来の「IT化」と言っている事と大差ない…というか、完全にイコールである。このご時世、同じモノを売るでも「IT化」と言うよりも、「デジタルトランスフォーメーションでござい」と言った方が売れるからそう呼んでいる、という現場の方が圧倒的に多いんじゃなかろうか。

一方で後者の「デジタル技術使ってビジネスモデルを変えよう」という解釈の例は昨今のスタートアップに習えばよろしい。というか、スタートアップの定義が乱暴に言えば「デジタル技術でないと成し得ないビジネスモデルを素でやって成功しちゃった人たち」みたいなもんなので、そういう企業のDNAにDXのエッセンスが凝縮されているはずだ。

デジタルトランスフォーメーションという長い言葉をわざわざ使うなら、前者の業務効率よりは後者の意味で使われて欲しいとは思うものの、日本での成功例はついぞ聞いたことが無い。最近、収益構造を変えるインパクトでデジタル化を進めました、みたいな日本の大企業ってあったっけ。あるいは、そういう事例にお目にかかるのはこれから本番、と言ったところなのだろうか。

で、問いである「デジタルトランスフォーメーションとは何を指しているのか」は、「業務効率化」と「ビジネスモデル変革」の両端を振り子にとり、その間の解釈を各々が好き勝手に採択している、という状態に見える。

電通デジタルが敢えて「マーケティングDX」と呼んでいるのも、その間の中で自分たちが一番手を出しやすいところに狙いを定めている、と推測される。

DXという売り物は収束しない

で、このDX、いつになったらちゃんと定式化されるのかとヤキモキする方もいるかもしれないが、未来永劫されないだろう。
ソリューション売りの常だが、同じ売り物でも他社と「意味の差別化」してナンボの世界なのでマーケット自体に定式化するインセンティブが存在しない。「ウチのDXは他社とはそもそも捉え方が違う」みたいな営業現場が腐るほど発生するだろう。
デジタルトランスフォーメーションという売り物は可変であるというクライアント泣かせな状況は永久に続くわけだが、ちょっと前のバズワード「UXデザイン」だって似たような世界だし、まぁしょうがない。そういうものだ。

戦国時代にマジで突入する感

まぁそんな事よりもこのデジタルトランスフォーメーション、全く同一のビジネス用語をあらゆる業界が同時に使い始めた事自体が象徴的だなと感じる。

ちょっと遡れば「デザインシンキング」も似たポジションだったが、各社ともソリューションとしての強度には仕上がらず(というか自分は仕上げなくて良かったと思っている)、外向きというよりは内向けの概念として落ち着いた感がある。あと、IT業界はそこまで本腰入れていなかったようにも見える。

昔からコンサル、広告代理店、ITあたりの業界領域がオーバーラップして来ているゾとはさんざん言われて来たが、「お互いが出すリリースが似ている」「同じセミナーやイベントで登壇し始める」「なんかそんな風を感じる」くらいだった。まだ出会ってないけど確実に近づいている、だった状況が、デジタルトランスフォーメーションという交差点でバッチリ出会ってしまった感じ。いよいよ来たかぁと感慨深い。

このDX、各業界のメガプレイヤーだけじゃなくてサービスデザインを売りにしてるデジタル専門コンサルも言い始めているし、そもそもDXやりますという趣旨でできた会社もあるし、恐らく営業が強いデジタル系のプロダクションもそのうち言い始める気がするし。
どう棲み分けするのかは分からんが、いきなり「さぁビジネス改革に着手します」と舵を切る人材も体力もあるクライアントがほとんどいないであろう事を考えると、まずは業務のデジタル化からスタートして「DXやりました!」てイキりたい人が続出すると思われるので、業務系に強いコンサルに今のところ分があるかなぁ。
そういう意味で、電通デジタルが「マーケティングDX」と言っているのは土俵を切り替える視点ではうまいと思う次第です。

そして3年後には、DXのさらにメタ概念を誰かがバズワードに仕立て上げて、外部プレイヤーを巻き込んでドンパチやる、そして一部は仲良くやる、みたいな事になるのでは無いでしょうか。

最後に「次に来るのはコレだ」と言い切れたらかっこいいのだが、あいにく未来予測が苦手、というかよく外すので、発言を慎む次第です。