pixivにイラストを投稿してみて感じたソーシャルメディア考

高校生から二十歳くらいに描いていたイラストというか、落書きをpixivにアップしてみた。

というのも、知らない間に実弟がイラストレーター稼業を開始していてウン10万閲覧とかのちょっとした有名絵師になっていたので、兄も負けておれんということで。

投稿してみて思ったんですが、恐ろしいですねこのサービス。

一旦アップしたら誰もが分かるかと思うんですが、ゴマンといる他ユーザーの投稿に流されて、一瞬で「新着作品」から消えてしまう。
自分の場合だと初動で10アクセスくらい稼いで、後はもう沈黙。撃沈。数秒後には完全に「無かったこと」になっています。

こんな激流の中で絵師として生き残るのは相当至難の業ですね…

運営の思惑とユーザーのモチベーションのバランス

投稿サービスといってもサービスを維持・向上する(=アクセスをマネタイズする)という意味ではメディア運営と同じなので、運営側には一人でも多くのユーザーを囲い込むことが求められるわけで。

逆に投稿者からすると自分の絵を多くの人に見てもらいたいというところにモチベーションがあるわけで(全ての人がとは言いませんが)。それを叶えてくれるサービスに人は集まるのでしょう。

で、問題なのは、サイトのアーキテクチャが固定されている場合、両者の思惑は必ずしも一致しないのではないか、というところだと考えています。

サービスユーザーが増えるのは「投稿者が増える」と同時に「見る人も増える」ため、両者が同じ数だけ増えれば自分の絵の露出も多くなるだろうとは、数学的には考えられます。
が、ここでソーシャルメディアが持つ力学を加味すると、どうやらそうではないようです。

ご存じ、ソーシャルメディアはコンテンツ提供社ではなく、閲覧者・体験者側がバイパスとなってweb上を伝播させていく仕組みです(もちろん他の側面もありますけど)。
そこでは「伝播したものはより伝播し」「もともと伝播しないものは伝播しない」という力学が働きます。これは感覚的に言いますけど、従来のコンテンツ流通に比べて、よりネットワーク外部性が強い。

そんな中、自分が発信したコンテンツを流通させるためのテクニックとして、よく検索されるタイトルを付けるとか、うまい具合にタグ付けするとか、いろいろあるとは思いますが、多分どれも限界があります。
一番強力な拡散方法は、インフルエンサーと呼ばれる人が「これオモロイで」と発信するかどうかだと思います。これはまだ体験談の域を越えませんが、自分の身の回りに起こった事例を見ても、どうもそうっぽい。

で、インフルエンサーと呼ばれる存在も、それがソーシャルメディア上のいち個人であれ、有名なニュースサイトであれ、もちろんコンテンツを見て発信するに足るかを判断するのは人間ですので、世の情報を収集するにも完全に網羅はできないし、気まぐれな要素がある。
要するにいい作品を作っても、ウケるウケないは補償されていないんだなぁと。

まぁ特に結論を出そうと思って書きはじめた事ではないんですが、web特有のコンテンツ流通があるとは言え、その辺りの事情は従来のメディアとなんら変わりが無いんですね。とふと思いました。

ちなみに投稿した絵

こういう意味不明のとか。

こういう気持ち悪いのとか。
(別に自分は気持ち悪いと思ってないけど、他人からしたら気持ち悪いらしい)

これはウケんわw

興味あれば他のもどうぞ。

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