君の名は。は映画としての評価がやたら難しい

すでに世間も落ち着き、レビューを書くにしても時期を逸しまくっている感がありますが、およそ1ヵ月前、当時話題の中心だった「君の名は。」を見に行きました。

映画館にほとんど行かない俺なのですが、毎日顔を会わせるプロジェクトメンバーの誰かがひとりまたひとりと見に行くたびに
キュンキュンする
と言って報告してくるので、そんなにすごい映画があるのかといたく興味を示し、当時たまたま日本に帰国していた彼女と
二人同時にキュンキュンする
ために行ってきました。

六本木のTOHOシネマズのむっちゃいい席を確保し、俄然高まる期待を胸に始まる上映。
ほえー評判通り絵は綺麗やんけ。
さっきのセリフは不自然な気がする。
今のカット必要か?
おおーすいぶん強引に話が展開するな。
そんな設定今まで語られたっけ。
このシーンは過去と未来どっちだ?
ていうか発電所を爆破しようと思うか?普通。
というか俺はいつキュンキュンできるんだ?
あれなんかもう終わりそうな気配やん。
うそん。
まさかねぇ。
終わったー!!!!

という感じで2時間が過ぎ去りました。

いまいち自分の身に何が起こったかよく分からないながらも、スタッフロールが終わる頃にはなんて雑な映画だったんだという感想を持つくらいには思考が戻ってくる。

いや、こんだけアホみたいにヒットしてる映画なんで、さすがにウケる理由はなんとなくわかる。ほとばしる青春感覚と絶妙なファンタジー要素のブレンド加減。アニメじゃないと表現しようがないこの空気感自体をそのまま丸ごと評価できる人にとっては最高のラブロマンスでしょう。この映画を評価する人の意見を聞くとたいてい「よかった」くらいのざっくりとした感想が出てくるのも分かる。
性格なのでしょうがないとしか言えないのだが、俺は話としての成立性とか人物描写のリアリティとかを見てしまうので、粗い構成の応酬を浴びながら後半はもう笑いを堪えながら見るという状態でした。いやしんどかったわ。
どこかの感想ブログで「この映画は喜怒哀楽くらいの大雑把な感情で見るべき映画だ」という指摘を見たけど、いやーほんまその通り。至言。

幸いにも相方も同じ印象だったみたいで、帰りに赤のれん(ラーメン屋)で2人が感じたこの映画の不自然な点を存分に語り合ってガス抜きする始末。

ファンタジー恋愛というコンテキスト自体は、俺も過去にRPGを死ぬほどやってきたので理解はできるので、この映画を否定はしません。批評はするけど。

小説版の存在がこの映画の評価をややこしくしている

ということで冷静にこの映画の感想をケチョンケチョンに書こうとしたのですが、
小説版にのみ存在する設定を踏まえて再解釈するとわりとアリな気がしてくる
ので、なんというか、どうまとめたらいいか困っているところです。

映画作品としてのデキ

いきなりですが、セックスピストルズというバンドを「音楽作品としてのクオリティが高い」と評価する人ってあんまりいないと思うんですよね。彼らは「作曲」「編曲」「演奏力」といった音楽的素養というよりは、それ以外のー例えばファッション性、派手な発言、シドの死ーみたいな要素で語れる側面の方が大きい。これが理由ではなかろうかと思います。

要するに、俺は作品の「市場でのウケ」と「クオリティ」は別モノだと思っていたりします。

同様に、君の名は。という映画はやっぱり「映画作品としてのクオリティ」はかなり低いと俺は思います。完全にただの私見になるけど、映画を構成するにあたり最低限クリアしてほしかった…というポイントがわりと欠損しているからです。例えを挙げればキリが無いが、俺が決定的だなぁと思うのはこの3点。

1. 人物の心理描写に理由がない

男の方の主人公が、女主人公をなんで「忘れちゃいけない人」と感じるようになったのかさっぱり分からんかった。他の例はもう覚えとらんけど、「普通こんなことせんやろ」と思えるような人物描写が多く、とにかくキャラにリアリティがない。
まぁこれはネットで感想みたら似たようなこと言うてる人は多いみたい。あと、全く同じことがアニメのエウレカセブンにも言えたりする。

2. 重要なオカルト設定が後付けで語られる

映画タイトルになるくらいなので「お互いの名前を問う」ことがこの映画の超重要テーマなはずなんだが(恐らく、その行為の結果近づく人と人の距離感、みたいなものを表現したかったのかと思われる)。「君の名は」というセリフををここぞという場面で(というかラストで)ダブル主人公に言わせるための布石=体が入れ替わっている間のことは忘れてしまう、という設定が、むっちゃ後付け的に語られる。ラストの必然性がむっちゃ薄い。

3. 隕石を落とす理由が無い

3年というタイムラグを超えて運命の2人が出会う、ということをストーリー化するうえで、隕石落として町一個を潰す必要性が全然分からんかった。それなくても成立するやん。

…という感じで、いろんなところがイビツです。リアリティ、ストーリー、設定それぞれがわりと成立性を見出しにくくなっているので、いろんなシーンで必然性を感じれず素直に没入できない。ということで映画としてのデキは評価できるものじゃないと思っているのですが。

小説版の設定でわりと解決してしまう

困ったことに、ネットで収集した小説版の設定を踏まえると、どれもやや成立してしまうんですよねぇ。

  • 女主人公の家系は代々、体を入れ替える超能力を持っている
  • そしてそれは夢として体現される(そういう能力である)
  • その能力で、女主人公の家系は事故で死ぬという運命を克服してきた(少なくともここ2000年は)

2つ目の「夢である」という点が無双です。夢から覚めた瞬間、夢の内容ってむっちゃ曖昧な形でしか記憶に残らない。というかほとんどのことは忘れてまう。この夢の性質を踏まえて映画の方を見直してみると、

  1. 男が女に好意を持つ可能性が発生する。だって夢の中の出来事に明快な理由とかないもん。ついでに言うと3年のタイムラグにダブル主人公が気づかなかった理由にもなる。だって夢の中でいちいち今が何年かだなんて確認しないもん。
  2. お互いのことを忘れる原因が発生する。だって夢から醒めたらだいたい忘れるもん。
  3. 隕石を落ちる背景が発生する。正確には、女主人公の家系が代々背負った繰り返される運命のうち「最もセンセーショナルな2013年を映画で切り取るタイミングとした」という解釈ができるようになる。

…ちょっとズルすぎないかこれは。

ここらへんが緩ーく成立してしまうと、RPGジャンキーでありファンタジー×ボーイミーツガール文脈にかなり耐性のある俺からすると
あれ、けっこうアリやん
くらいにレベルアップしてしまう。これは困った。別に困らんでもええけど。

そういう再解釈を踏まえてもやっぱりおかしい点は結構残るので(男主人公だけが3年前に起こった隕石事故を忘れているかのような描写とか、あんなに印象的でおそらく散々ニュースでも報道されたであろう町のスケッチを見せてもラーメン屋の親父以外誰も場所がわからない件とか)、映画としては評価しづらいのだなぁ。

総評

映画だけで完結してほしかったです。
もしかしたらもう一回映画館に向かわせる戦略なのかもしれない。その手には乗らんぞ。