インフォメーションアーキテクト(IA)という名称は適切なのか

知らないうちに名刺に「インフォメーションアーキテクト」という肩書きが加わってました。いちお「プロデューサー」もついているので、ダブル肩書きでなんか嬉しい感じです。
村越師匠を近くで見ていて、到底この人と同じ目線で情報設計を語れる自身はないし、というか俺といえばただワイヤーを量産しまくるくらいが取り柄なので、なんだか分不相応感がビシバシしてます。
ただ、人は与えられた役割にすり寄って行くというか、「名刺に恥じないよう頑張ろう」とポジティブなやる気がムラムラ湧いてくるので、役割を決めるってのは大事なんだろうなあと思います。

そんな矢先、某大手メーカーとの打ち合わせ。その日はなかなか決まらない新規webコンテンツのボディコピーが議題。
親会社手配ライターさんの渾身の一撃を以てしてもかすりもしない状態が続いていた最中、膠着状況を打破しようと俺は勝手に10ページくらいのドキュメントを用意しました。

内容は、得意が「これを目指したいんだ!」と掲げる他社事例の分析(ポスター)。分析というか、構造化と言った方が近いか。

超ひらたく言うと、「これらの事例は文章量や表現こそ違うけども、1.タイトル、2.理由説明、3.事実詳細の描写、の3つでしか構成されていない。それぞれはこういう表現に気を遣っているようでっせ」というものです。
なんかこれが客に激ハマりしまして。その後に出したライティングは、色眼鏡がかかっていたからか戻しなしのOKでした。

でそれ以来、先輩営業の方からも「さすがインフォメーションアーキテクト!」みたいな言われ方をして、現在に至っています。と。

長すぎた前ふり

で、俺としてはそう言われることに違和感がある、ということがこの記事の発端です。まあ言ってる側は半分面白がって言ってるだけ、ていうのは分かるんですが。

何に違和感があるかというと、上で挙げた構造化という行為を(半分冗談でも)情報設計と呼ぶことが、「適切じゃないけど、あながち間違ってもないよね」というところ。

IAと呼ばれる人の役割やフィールドが、サイト制作のワイヤー書きから、コンテンツと社会の接点を見つける人、て移っていることぐらいは俺でも分かってますが、少なくとも現在は、「デジタル屋さん」のいち職種を指します。
ただ、「情報」と呼ばれるものは、オンラインオフライン関係無いものであるはずです。もっと言うと、俺は「人間が知覚できるものは全て情報としての側面を持つ」と思っています。

車のクラクションは「車が迫っている」という情報だし、新緑は「夏が近い」という情報だし、ケーキ屋の匂いは場合によっては「腹が減っている」というサインになりうる。もしかしたら五感以外の例えば「気持」も情報かもしれない。

俺の癖ですぐメタ要素で物事を考えてしまうというのは置いといて、そう考えてしまうと、「情報設計」という言葉自体がデジタル屋さんを指すには、とりとめもなさすぎる。

こんな例を挙げてみます。

クライアントから、好き放題に要求を言われた。
何から手をつけていいかも、ゴールも良くわからない。
そもそも届いた資料が見づらすぎる。
それを構造化し、整理し、優先順位をつけて、ドキュメント化した。
何をしたらいいか分かってきた。
デザイナーに伝えた。

これ、情報設計です。
しかし一般的に、これをIAの仕事とは呼ばへんです。プロデューサーとかディレクターの仕事です。

要するに言葉の問題

情報って言葉の意味が広すぎるんじゃないかということです。
広いというか、シチュエーションによって意味が変わりすぎる、と言った方が正しいかもです。

いわゆるデジタル業界におけるIA(=サイトなりコンテンツなりの構造を考える人たち)をもう少し正確に言うなら、「ウェブサイト設計者」とか「コンテンツ設計者」とか「サービス設計者」とか、そういう呼び方の方がしっくり来るんだけどなぁ。

と、そんなことを思いました。