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SNS衰退の理由を考えるとどうしても「人間関係に飽きた」に行き着く

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初めに言っておくと、どちらかといえば私はmixi応援派です。

盛者必衰とは申しますが、こういうニュースを見るとwebサービスの儚さについ涙しそうになるわけです。

mixiのオワコン化が止まらない!広告収入激減で収益が6割減!

webサービスではこういう落ち目なブランドが一旦付いてしまうと、何をどうテコ入れしても過去のポジションを取り戻すのは不可能な気がします。greeみたいにサービスそのものをガラリと鞍替えしてしまわない限り。個人的にはmixiは頑張ってもらいたいとは思っていますが。
しかし5,6年くらい前?までは隆盛の一途を極めていたのに、もうこのボロクソな言われようを見るとweb従事者としてハタから見てても「空しい」しか感想が出てこないわけです。

で、これを機会に「SNSが終わるとき」について考えてみました。「mixiの利用者はなんで減ってきたのか」ということです。

SNSというのはどんなサービスをとってみても、他者とコミュニケートする「機能」と言い換えられると思っているのですが、そこで人間の何が満たされるかというと、「表現欲」だったり「交流欲」だったり「自己顕示欲」だったりするわけです。
なので足跡機能があったりレビュー機能があったり写真が投稿できるなんてのはその大目的を果たすための「いち手段」であって、その機能のどこに重点を置くかで各SNSが持つキャラクターは変わりこそすれ、上記に挙げる「欲」を満たすことには変わりないと思うのです。だからmixiの利用者数が減ってきたのは、「クソな機能を追加してきたから」とはほとんど無関係だと思っています。
自分はmixiもtwitterもFacebookも、やってることは全く一緒だと思っています。思っているというか、感じます。

で、自分が言いたいのは、「精神的な欲を満たす行為は、ルーチンになると長続きしない」、ということです。
それは「人間関係に飽きる」からです。

これはもう完全に感覚だけで言っているのですが、mixiのメインターゲット層である日本の若者は、「人間関係が恒常安定化した状態」に長く浸かることに慣れていない。
日本社会というものは、小学校、中学校、高校、大学…と数年スパンで人間関係が強制的に刷新されるシステムになっており、それはリアルだろうがwebだろうが同じだろう、という推論です。

なので、数年レベルで続く人間関係は一度清算したいという本能が働くのではないかと。

じゃあ、webで人間関係を清算するにはどうするか?
もちろん別サービスに移行すればいいだけの話です。

という視点で考えると、日本のSNS事情はこんな風に考えられるのです。
mixiが日本にSNSという旋風を巻き起こして数年が経ち、mixiでの人間関係に一部のユーザーが飽き始めたころ、webが本能的に持つ「便利・簡易さの追求」の風にのり「インスタントなコミュニケーション」をアーキテクチャとしたtwitterやFacebookが現れ、それらが先進性を以って歓迎され、そしてとってかわられた、ということです。
言うまでもありませんが、twitterは140文字制限とテキスト発信のみ、Facebookは「いいね!」ボタンによるワンクリックコミュニケーション、という点で、それはそれはインスタントでありました。

SNSというのはネットワーク外部性が働きますので、「流行ればもっと流行る」構造になっているわけです。Facebookが流行っているのは実名性だからとかビジネス用途もOKだからとかそういうわけじゃなくて、「たまたま今流行っているから流行っている」のでしかないというのが俺の考えです。

で、現在泣く子も黙る勢いで爆走中のFacebookですが、結局はmixiと同じ末路を辿るのだと思っています。
ユーザーが「Facebookでの」人間関係に飽きたとき、どれだけ多くの人が使っていても、どんな機能が加わっても、ユーザーの流出は絶対に止められない、と思います。
それがいつになるのかは分かりませんが。個人的にはあと4,5年かなぁと。

ということでかなり感覚でモノ申しましたが、自分としてはSNSというものをそういう見方で見ていますよ、と。